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かつてのように会社が何かマズイことがあってとか、上司とむしろ新しい生き甲斐、仕事のやり甲斐、挑戦の新しい舞台を求めて変わっていく人が多いといわれるが、半分はウソである。
やはり日本の企業社会というのは、人間関係を基本に仕事をしているから、この人間関係がいやになって、あるいは上司がいやになってとか、人脈からして出世の芽が出ないからとか、そういうことで転職している人が多い。
ただ、昔と違って、そこはお互いにギリギリの危険水域までいくまでにうまくかわしていくサラリーマンが増えているということにすぎない。
この種の転機が、これからますます増えてくる。
だからこそ、いざというときの覚悟のようなものが大事ではなかろうか。
それをさらにこまかく調べてみると、やはりこれも会社にしかアイデンティティがないさらに、私は独立してからこの三年間、外からサラリーマンを見、また自分のサラリーマン体験の反省からいえば、サラリーマンというのは非常にアイデンティティの幅が狭い。
むしろ過保護でひ弱いといわれる新人類のほうがこの面ではしたたかである。
彼らは会社以外に、いろいろなところに心の拠り所をもっている。
会社と地位ポストにしかアイデンティティがないというのは、心の防衛術としては最悪、最低である。
会社人間の健気さはよくわかるが、多分に会社からなめられているところもある。
やはり二つぐらいの心の拠り所をもっていないといけない。
会社が忠誠心などいらないといい出したらそれでおしまいなのである。
ところが、これからは忠誠心どころかドライなクビ切りだって会社によっては平気でやるようになる。
心の防衛術をもっと強くするためにも、外部に仲間社会や、自分流のネットワーク、趣味、そういうもうひとつのアイデンティティをもつべきである。
話が飛ぶが、日本が貿易摩擦でこれだけ苦しむのは、自由貿易という切り札しかないからである。
欧米は、保護貿易と自由貿易と両方の切り札をもっている。
どうあれ向こうの方が、はるかに戦略的に柔軟性がある。
日本が貿易戦争で勝った勝った、また勝ったと騒いでいるが、じつは戦略では負けてしまっているじゃないか。
私がいうのはそういうことである。
日本の産業界には戦略の柔軟性がない。
一見、威勢はいいが大きなところでは、常にアメリカやヨーロッパのゆさぶりに合って、オタオタせざるを得ないところがある。
資源のない日本は、せいぜい片肺飛行の経済大国にしかなれない。
そこのところを冷静に自己認識する姿勢を失ったとき、ちょうど太平洋戦争と同じように、ジリ貧を避けるつもりがドカ貧になってしまう。
ともあれ、ただの会社人間だと、会社にしかアイデンティティがないから、心の防衛術としてもこれほどマズイものはない。
部長に、おまえなどいらんといわれたら、たちまちオタオタしてしまう。
人事部長に、おまえのアイデンティティ取り上けるといわれたら、もう拒然と立ちすくんでしまう。
M、Mのエリート・サラリーマンが、退職後もまだ、M商事の部長だったとか、M物産の何々ですといっている人が相変わらず多いが、昔はともかく、これだけ変化の激しい世の中で、いったいそれで適用すると思っているのだろうか。
ヨーロッパとかアメリカのサラリーマンはある面では怠け者かもしれないが、そのへんは非常にしたたかなところがある。
少なくとも、定年後まで会社の看板を自慢しようというアホらしさはない。
窓際にされたり、肩叩きの憂き目に合っても、なお会社に切ない未練をもっているのは日本のサラリーマンだけである。
その意味でも、サラリーマンはもっとひろい世間にふれ、外部コミュニケーションを非常に大事にしていった方がよい。
いまの若い人は外部のネットワークを広けるのがうまいが、中高年から団塊の世代は非常に下手なところがある。
いかにヘタかというのが、会社を辞めてから私も初めてわかった。
まだまだムラ社会の発想のレベルにとまっているからである。
つまり端的にいえば、外部の人をヨソモノと見ている。
これでは人脈と情報のネットワークなど、ほんとうにできるはずがない。
皮肉ないい方をすると、商売人はお得意先、お客さんに向かって深々と頭を下けるが、サラリーマンは自分の会社の上司、自分をえらくしてくれる人に向かって本気で深々と頭を下ける。
それが決定的な差である。
もちろん自分をえらくしてもらうために、それをしてくれる人にいちばん頭を下げざるをえない。
またそれが利口なサラリーマン処世というものであろうが、ただそのムラ社会の発想から、何もかも抜け切れていない。
だから外部の人、自分に新しい知恵やアイデアをくれる人に対して本気で頭を深々と下げていないのである。
それくらいのことは、相手は簡単に見抜くものである。
またたとえば、自分で事業をやっている人は、めったなことでは人と人との約束を破らないが、大企業のサラリーマンにかぎって、平気で外部の人間との約束を破る。
このへんがいちばんの弱点である。
自分の応援団を持っているかだから会社の看板と仕事をはずされてしまうと、外部の人脈が簡単に切れてしまう。
「わしゃ知らん」と冷たくいわれるのである。
そういうときにこそ、むしろ外部の人脈が活きなければならないはずだが。
外部にどれだけ自分の応援団をもっているのかというのが、これからのサラリーマンの器量のひとつになってくる。
いままでのサラリーマンは、社内にどれだけ自分の応援団をもっているかという気くばりと人気競争だけをやっていたようなものである。
これも私は大事だと思うが、しかし、その努力の半分は外へ向けてほしい。
社内の気くばりと根回しと人気取りが要るのだったら、外部でも当然、同じものが要るはずである。
外部にたしかな人脈をもっていると自信をもっていうサラリーマンの人脈が、会社を出たとき、意外になかったケースが多いのは、そのためである。
特に大会社の人で、部長クラスあたりで、ものすごく仕事の人脈があるように錯覚していざ自分が独立してみると、得意さんにさっさと逃げられたという悲喜劇がきわめて多い。
いま日本の経済界全体が、歴史的な転換期に直面している。
明治維新に次ぐ大変化の時期である。
明治維新のときは、長州とか薩摩とか土佐の藩を脱藩した下級武士たちが、藩の壁をこえて、自由に情報を交換し合った。
これからのサラリーマン社会もそれに似た流動化時代に入る。
ある学者にいわせるとサラリーマン社会も「諸士横議」の時代だということである。
外部に多方面にわたる人脈やブレーンのようなものをもって'自由な討議をするようになってくる。
知恵のブレーンも、あればグチをこぼす相手もいる。
いまの一流の経営者などは二十代、三十代にそのぐらいのものをもっているが、いまは経営者になる人だけではなくて、一人ひとりのサラリーマンがしぶとく生き残るためにも、会社の外にも仲間社会を築いていくべきであろう。
またそれをもっていたら勤めている会社の中でもゆとりある巧妙自在のたたかいができる。
サラリーマンが会社に対して極端に弱いのは、忠誠心というたった一枚のパスポート以外は何ももっていないからである。
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